脳:明暗の分布で質感 NTT研究所、物の質感とらえる仕組み解明

 人間が物の質感をとらえる仕組みを、NTTコミュニケーション科学基礎研究所(神奈川県厚木市)と米マサチューセッツ工科大の共同研究チームが明らかにした。脳や網膜は、画像の中で明るい部分と暗い部分がどう分布しているかによって、表面の光沢や明るさ、透明感といった質感を感じているという。この発見を応用すれば、簡単な画像処理で、質感をリアルに表現したり、自在に操ることができるという。18日付の英科学誌ネイチャーで発表した。

 同研究所の本吉勇・研究主任らは、物の表面に凹凸があり、明るさや光沢が異なるさまざまな画像で明暗の分布を調べた。すると、光沢が強く全体に暗い画像では、明暗の分布を示すグラフが明るい側に広がっていることが分かった。逆に分布の広がりが小さい場合には、光沢を感じにくくなる。網膜や脳内の視覚神経組織には、それぞれ明るい点や暗い点に反応する2種類の神経細胞ニューロン)がある。研究チームは、これらの反応の強さのバランスによって、質感を知覚できるとみている。

 本吉さんは「人間が質感を感じ取る仕組みは、意外に簡単だと分かった。この仕組みを応用すれば、低コストかつ高速で画像や映像の質感を変えられる」と話している。【須田桃子】

毎日新聞 2007年4月19日 東京朝刊



Letter:画像統計量と表面品質の知覚

Image statistics and the perception of surface qualities
世の中には物体表面が大量に存在し、表面を見れば、その材料品質を判断できる。

 色や光沢といった特性を手がかりにすると、パンケーキが焼き上がったのか、舗装された道路が凍結しているのか、といったことを判断しやすくなる。これまでの表面外観に関する研究は、ほとんどが、質感のないつや消し面に重点が置かれていたが1, 2, 3、光沢があり、複雑なメソ構造があるような現実世界の表面に着目した研究も行われるようになった4, 5, 6, 7。このような表面の外観は、画像があっても解明することが難しい照度、反射率と表面形状の複雑な相互作用の結果と言える。表面特性をあらわした単純な画像統計量があるのなら、それを利用するのが賢明と考えられる8, 9, 10, 11。本論文では、輝度ヒストグラムの歪度とサブバンドフィルター出力の歪度が表面光沢と相関し、表面反射能(拡散反射率)と逆相関することを報告する。観察者が表面について判断する際に歪度やそれに類似したヒストグラムの非対称性を使うことを示す証拠が見つかった。表面の画像に正の歪度統計量があれば、歪度の低い類似の表面より暗く、より高い光沢に見える傾向が確認され、元々の画像に歪度が内在する場合と画像をデジタル操作して歪度を加えた場合で同じ結果が得られた。また、歪度に基づく視覚的残効(歪度統計量の存在するパターンに対する適応)が、その後に見える表面の見かけ上の明度と光沢度を変化させることもわかった。歪度統計量に対する感受性を有する神経機構が存在しており、その出力を表面特性の見積りに利用できる、と我々は考える。

News and Views:視知覚:表面特性を知る手がかり

Visual perception: A gloss on surface properties

ヒトは、視覚入力を解釈して表面の特性を知覚する。光沢や明度を見積もる際には、単純な画像統計量のニューロ弁別が大きな役割を果たしていると考えられる。私たちは、モモとネクタリンとか、表面処理していない木材と磨き上げられた木材をどうやって区別しているのだろうか。さまざまな表面の材質を区別する際には、明度、色、質感といった数多くの視覚属性が役立つ。ネクタリンや表面仕上げを施された木材に共通する顕著な属性は、反射光の鏡面反射成分で、光沢や艶として知覚される。本日『Nature』のウェブサイトに掲載された論文において、本吉勇たち1は、物体表面の知覚に関する驚くべき発見を報告している。つまり、画像中の輝度値の分布(歪度)という画像統計の1つの単純な特性が、光沢と明度の判断と強く相関していることがわかったのだ。この原理は、ネクタリンの画像からハイライトを取り除いてモモらしく見えるように視覚的に変換させる画像操作によって説明できる。